時事
2026年06月30日緑の協力隊(3)

植林活動は、日を改めながら、複数の場所で行いました。時には平地、時には丘の斜面です。現地で手配いただいたバスに乗車し、目的地に向かいます。目的地では、大きめのシャベルをもって、土を掘っては苗木を植えて水をかける。そして、バスに乗って次の目的地へ。この繰り返しです。
平地よりも丘の方が体勢が安定しない分、体力を使います。時には丘を登ることが必要になり、さらに体力を使います。でも、隊員は20代の若い方が多かったので、辛そうな顔をしている人はあまりいなかったように思います。隊の中では年配組の私も、当時の日ごろの鍛錬のおかげか、体力的には特に問題を感じませんでした。
植林活動とはいっても、我々が植林をすれば終わりというわけではありません。実は、植林活動の後の方が重要ということを、現地のエスコート者から聞かされました。
植えた苗木が育つように管理されなければ、結局は元の木阿弥。やったことが成就しません。その管理は、現地の人が行うことになります。言い換えると、現地の人に森林を育てようとする意図がなければ、植林活動そのものが成立しないことになります。我々は、苗木を植えるというごく一部の活動をもって、現地の方々の手助けをしているにすぎません。
ボランティア活動全般に言えることですが、周りの人からの手助けがあっても、手助けされる範囲は一部であり、結局は、その当事者がどれだけがんばれるかが重要ということです。
我々をエスコートしてくださった方々は、日ごろから現地の方々とお付き合いし、現地の人々と一緒になって、最後まで活動できるようにしているとのことでした。大変なお役目で頭が下がります。
現地は、とにかく水がなく、水が貴重な地域と聞かされていたのですが、我々の植林活動用には、苗木とともに、その貴重な水が準備されていました。
泊まったホテルも、水を制限している気配はありませんでした。水は貴重という実感が、事前に聞いていたことに比べるともう一つなのですが、現地のエスコート者からは、いかに水が大切かを説かれます。日本は、「湯水のように使う」という語があるくらいに水が豊富です。でも、現地の事情は全く異なります。日本のようにシャワーや風呂に入れるだけの水はありません。濡らしたタオルで身体を拭くくらいしかできないようです。
歯磨きや身体拭き、これを量にしてマグカップ1杯くらいの水で澄ませるのだそうです。エスコート者も、最初はとてもじゃないけどできなかったそうですが、慣れるとできるようになるのだとか。想像もつきません。
(つづく)