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時事

2026年06月25日緑の協力隊(2)

 東北電力総連の本拠地は宮城県仙台市にあります。そのせいもあってか、出発は仙台空港です。メンバーは仙台空港に集合し、ここから中国に旅立ちます。時期も春の陽気が広がる5月ころだったと記憶しています。

 まずは、仙台空港から中国の大連を経由して北京入りです。北京から電車に乗って3時間余り。内陸部、山西省に大同という都市がありますがその近くまで行きました。着いたのは、時刻までは覚えていませんが、すっかり日没して暗くなってからでした。その日は、夕食をとってそのまま就寝。次の日からの植林作業に備えます。

 現地では、中国の暮らしを何かとサポートしている日本人が出迎えてくれます。彼らの活動には、我々の植林活動のエスコートも含まれます。
 当時の私は40歳ちょっと手前でしたが、その私よりも年配の男性2人がいろいろとサポートしてくれました。中国での生活も長く、現地情勢にも詳しいので、何かとお世話になります。

 当時の中国は、経済成長が目覚ましく発展している時期だったと記憶しています。でも、平均的な年収はまだ100万円くらいと聞きました。海岸部と内陸部に分かれますが、経済成長を遂げているのは海岸部です。海岸部の平均的な年収が100万円くらいだった当時、内陸部はその数%程度と聞きました。年収で数万円のレベルです。海岸部と内陸部では、貧富の差がかなり大きいということになります。
 確かに、中国の代表的な都市と言えば、北京や上海が頭に浮かびます。合わせて、きらびやかな都市の光景が浮かびますが、どちらも海岸部の都市です。

 植林活動をしていたときの一つのエピソードなのですが、屋台風の人力車でちまきを売りにきた人がいました。でも現地の方からすると、贅沢品のようで、誰一人見向きもしません。
 私の団体は、一息入れるのもいいだろうということで、メンバーやスタッフ全員に行き渡るようにちまきを買いました。作業の合間に食べるちまき、非常に美味しかったのを覚えています。
 でも、現地の人からすれば贅沢品かもしれませんが、いったいいくらだったかと言うと。。。実は、1個当たり、当時の日本円にして3円です。内陸部の年収が数万円というのを肌で感じた出来事でした。

 そんなに貧富の差が大きいのであれば、内陸部の方は海岸部に転居したらいいのではないか。単純に疑問が沸きます。現地でエスコートしてくれた日本人によると、簡単に移住できないように政策がとられ、そのための制度があるとのこと。

 現在の中国でも、貧富の差は大きな社会問題になっているようですので、20数年前に私が感じた問題は、そのまま受け継がれているようにも思います。

(つづく)



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