時事
2026年07月23日緑の協力隊(10)

旅程の中には、現地の公共施設を訪れる予定がありました。日本でいう保育園です。
当時は、人口増加を抑えたい中国政府の政策として、一人っ子政策が真っ只中の時代でした。失礼ながら、決して都会ではない、日本の昭和30年代の田舎を彷彿させるような風情をふんだんに感じるお土地柄の保育園でしたが、そのような政策の中でも、子供の数はかなり多かったように記憶しています。
背景として、当時の一人っ子政策で、子供の数がかなり制限されていると思いきや、実は、そうではない実態もあるようでした。
ホームステイの時に直に聞いたのですが、例えば、第一子が女児の場合、一人っ子政策を貫くとその農家の後継ぎがいなくなってしまいます。それでは困るということで、戸籍に登録しないのだそうです。男児が生まれて初めて、戸籍登録です。戸籍上は一人っ子ですが、実態は違うということです。当時、戸籍を持たない中国人は珍しくないとのことでした。
「そんなことをして大丈夫なのですか」と尋ねたら、「後継ぎがいなくなったら困る」との返事でした。
保育園では、多くの児童とふれ合います。一緒に写真撮影。当時は今のようにスマホはありません。デジタルではなく、フィルムに焼き付けるアナログタイプのカメラです。フィルムの入れ替えが可能な小型カメラと、入れ替えができないフィルム一体型のいわゆる使い捨てカメラを併用です。
現地では、カメラを触ることもなかなか経験できないようで、多くの児童が物珍しそうに集団で寄ってきます。児童からはカメラを持たせてほしい、自分も撮影したいとの態度がありあり。純粋に好奇心で求めてきます。しょうがないので、カメラを渡します。でも、勝手に撮影されても困るので、シャッターを押せないようにロックをかけます。案の定、児童はシャッターを押しまくります。でも、ロックのせいでシャッターは押せず撮影できません。
次は私の番、ということで、次から次へとカメラが手渡されます。でもシャッターは押せません。児童はなぜシャッターが動かないのかが不思議でたまりません。皆、純真に疑問の表情になります。
やがてカメラを返してもらって別の遊びに興じますが、このような児童の一途な純真さが印象的でした。いろいろと物があふれている日本と比べて、決して便利とは言えない生活とも思いましたが、その反面、純真さはこちらの児童の方が上とも感じました。
文明が発達すると、生活や社会の仕組みも変わり、その分、煩わしいことも増えてきます。例えば、日ごろの業務や人間関係、受験問題その他で悩むことも増えてきます。でも、この子供たちを見ていると、文明の発達や社会の仕組みの変化が人間にとって幸せなのか、そもそも人間が生活するうえで何が幸せなんだろう?と考えさせられます。同時に、日ごろ、もしかするとつまらないことで悩んでいるかもしれない自分たちがアホらしくさえ感じてきます。
緑の協力隊のような活動の後、自身の人生観を見つめ直す方が出てくるという話を聞いていましたが、なるほど、納得感がわいてきます。
(つづく)