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方針

2024年04月09日接ぎ木をする老僧

 とある里に古びた寺があった。将軍とそのお供の者たちが鷹狩の帰りにこの寺に立ち寄られた。
 ちょうどその時、80歳になろうかという老僧が庭で接ぎ木をしていた。
 将軍が「何をしているのか?」と尋ねると、
 老僧が「接ぎ木をしています」と答えた。
 将軍が笑って、次のように言った。
 「あなたは年老いているので、今接ぎ木をしても、この木が大きくなるまで命が続いているかどうか分からないだろう。そのように心を込めてやる必要はあるまい。」
 これに対して、老僧はこう答えた。
 「今、接ぎ木をしておけば、後世の代になってどれも大きく育っているでしょう。そうすれば、林も茂り、寺も何とかやっていけるでしょう。私は寺のためを考えてやっているのです。決して私一代の事だけを考えてやっているのではありません。」
 これを聞いた将軍は、「老僧が申す事はまことであり、もっともなことだ」と感心された。

 自分のことだけを第一に考えることはもちろん間違っていないと思います。しかし、社員全員で形作る会社では、その発展的存続が所属する社員一人ひとりの生活や成長に繋がるという考え方があってもよいと思います。自分が会社に存在するのは、一代限りで一時であるかもしれませんが、自分の後輩やまだ見ぬ新入社員たちのことも慮ることも必要なのかもしれません。それに、当社は歴史が浅いとは言え、自分自身も会社の先輩たちが残してくれたもの、教えてくれたことによって生かされている面があるのではないでしょうか。

 そういった方々に対して、既に辞められてしまっているということで恩返しはできなくても、恩送りはできると思います。

 「たとえ明日世界が滅びると知っていても、私は今日、なおリンゴの若木を植えるだろう」と言ったのは、ドイツの宗教改革者マルティン・ルターです。明日世界が滅びるとは思いませんが、この若木(前述の接ぎ木)が希望であり、恩送りであるなら、それを信じて同様にすることを心掛けて、私も今に止まらない当社の成長を期待したいと思います。

参考:『座右の寓話』、戸田智弘、ディスカヴァー・トゥエンティワン
 



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